ハラスメント防止研修で、受講者の管理職の方から、「部下へのケアや業務の重圧で、自分たちもメンタルダウン寸前だ」という声を聞くことがあります。確かに、研修の中でも、管理職の方たちに「ああしてください、こうしてください」と要求する内容が多く、そのように感じられるのも無理がないことですね。

部下のメンタルケアに注力する一方で、管理職自身のメンタルヘルスが軽視されがちな現状があります。しかし、部署の要である管理職のメンタル不調は組織全体に深刻な影響を与えるため、適切な対策が不可欠です。

管理職が抱える特有のメンタル負担

管理職は組織の中間層として、上司からの指示と部下への配慮の板挟みになりやすい立場にあります。部下のメンタルヘルス不調への対応、部署全体の業績への責任だけでなく、プレイングマネージャーとして自身の業務の成果も求められ、多方面からのストレスにさらされています。

また、年代的にも中高年層にあたる場合が多く、家庭でも子供の受験、親の介護等問題を抱えることも多い世代です。

仕事上では、部下との面談の際に「傾聴力」と「感情のコントロール」が求められ、自分の感情を抑えながら部下の話に耳を傾ける必要があります。また、働き方改革で残業削減の号令がかかる中、部下に残業させられないので自分自身で抱え込んでしまい、長時間労働に陥っている管理職も少なくありません。

このような状況が続くと、適応障害やうつ病といった精神的な不調を引き起こし、管理職自身が倒れてしまう危険性があります。

1.横のつながり強化:管理職同士の相互支援システム

そのようなリスクを和らげる一つの方策は、管理職同士の横のつながりを強化することです。

管理職同士の相互支援は、情報共有や感情的サポートを通じて組織全体のメンタルヘルスを向上させる重要な要素なのです。

管理職同士が業務上の課題やストレスを共有し、互いの状況に共感し合うことで、心理的なカタルシス効果を得ることができます。また、業務の進め方や部下指導についても、他部署の管理職から有効なヒントを貰えることも多々あるでしょう。

効果的な相互支援を実現するための具体的な方法として、以下の取り組みが有効です。

週次・月次の管理職ミーティング

定例会議は、月ごと・週ごとなどの決まった間隔で定期的に開催される会議で、進捗状況を可視化したうえでの情報共有や意見交換が行われます。管理職同士の定期的なミーティングでは、各部門の業務進捗や人材育成の課題を共有し、相互理解を深めることができます

ランチミーティングの活用

他部署の管理職同士のランチミーティングやコーヒーブレイクを会社としてすすめましょう。費用の助成をするのもいいですね。

ランチミーティングやコーヒーブレイクは、リラックスした雰囲気の中で行われるため、普段の会議では緊張して発言しにくい人でも気軽に意見を出しやすくなります。食事を共にすることで自然な会話が生まれ、思いがけない視点や斬新なアイデアが生まれやすい環境が形成されます。

LINE等コミュニケーションツールの活用

LINEやSlackなどのコミュニケーションツールは、管理職同士の横のつながり強化に大きな効果をもたらします。

これらのツールは気軽にメッセージを送受信でき、面と向かっては言いにくい悩みや相談も気軽に共有できるため、利用者同士の心理的距離を縮めます。

グループチャット機能により複数の管理職が同時に情報共有でき、部門を超えた連携が促進されます。

また、過去のやりとりが自動保存されるため、重要な情報や解決策を後から参照でき、継続的な学び合いが可能になります。

チャット機能でリアルタイムでの相談や意見交換ができるため、孤立しがちな管理職の精神的負担軽減にも寄与します

2.上司との面談機会を増やす

管理職にとって上司との定期的な面談は、ストレス軽減と成長促進の重要な機会です。面談は1回あたり15分程度の短い時間でも良いので、1か月に1回を目安に定期的に実施することが推奨されます。

効果的な面談の進め方

面談を成功させるために、管理職の上司に当たる立場の方は以下のポイントを抑えておきましょう。

  • 面談の目的を明確にし、事前に共有する
  • 傾聴の技法を用いて共感する姿勢を持つ
  • 「聴く」と「話す」のバランスを1:9の割合で調整する
  • 面談の内容を記録し、継続的にフォローアップする

3.セルフケアー管理職自身の心身の健康管理

メンタルヘルスケアにおけるセルフケアとは、労働者の心の健康の保持増進のための指針において、従業員本人が行うケアのことです。管理職にとってセルフケアは、自身のメンタルヘルス維持だけでなく、部下への適切な対応を行うためにも不可欠です。

日常の簡単なセルフケア方法

職場や日常で気軽に実践できるセルフケアの方法として、以下が効果的です。

深呼吸や軽いストレッチ
深呼吸や軽いストレッチは、心拍数を下げて体の緊張を緩和させ、リラクゼーション反応を促進します。椅子に座ったまま手足を伸ばしたり身体をひねったりするだけでも効果があります。

気分転換の時間を作る
軽くストレッチをする、遠くの空を眺める、最近楽しかったことを思い出すなど、気分転換を意識的に取り入れることが大切です。

睡眠の質向上の重要性

管理職として良いパフォーマンスを発揮するためには、質の高い睡眠が必要不可欠です。睡眠不足や睡眠の質の悪さは、判断力の低下や仕事のパフォーマンスに直接的な影響を及ぼします。十分な睡眠や適度な運動、趣味の時間を持つことが、管理職のセルフケアにおいて重要な要素となります。

平日は忙しいからと、週末に寝だめをして日頃の睡眠不足を補おうとしていませんか? このような行為は、睡眠の質を悪いものにしてしまいます。

寝る前にはスマホを見ない、部屋を暗めにしてゆったり過ごす、日中はなるべく体を動かす、等、快眠のための工夫をし、自分に合った方法を見つけましょう。

心理的ディタッチメントの実践

心理的ディタッチメントとは、仕事以外の時間に物理的にも心理的にも仕事から距離をとることで、仕事によるストレスや疲労からの回復にとても重要な概念です。心理的ディタッチメントが高い人では、仕事のストレス要因によって生じる将来のストレス反応(抑うつ症状)の程度が和らぐことが研究で示されています。

特に、テレワークという働き方が広まった現代において、仕事と仕事以外の境界が曖昧になることで、心理的ディタッチメントが取りにくくなることが指摘されています。勤務時間外は意識的に仕事を頭からシャットアウトすることが必要です。

マインドフルネスの活用

マインドフルネスは、現在の瞬間に意識を向け、自分の思考や感情をありのままに受け止める心理的技法で、一般的には瞑想の形で行われます。マインドフルネスを実践することで、セルフアウェアネス(自己認識能力)やセルフマネジメント力が向上し、自分の感情をコントロールできるようになるため、仕事のパフォーマンスも向上します。

マインドフルネスの効果として、自分に対する理解が深まり、自分自身が何を考え、何を感じているかに気づけるようになります。例えば、不眠に悩まされていた管理職が、マインドフルネスを実践することで、寝る前の思考パターンが不眠の原因だと気づいたケースもあります。

また、マインドフルネスを通して自分を思いやることができるようになり、ストレスや悩みを乗り越えるための第一歩となります。マインドフルネス瞑想によって個人のコンディションが上がることで、メンタルヘルス不調の発生率は減少し、企業の労働力を安定させることができます。

4.会社としての情報発信と研修実施

管理職のメンタルヘルス対策は個人の努力だけでは限界があります。会社として組織的な取り組みを行うことが重要です。

効果的な研修プログラムの実施

管理職向けのメンタルヘルス研修では、以下の内容を体系的に学ぶプログラムが効果的です。

  • ラインケアの基本と実践方法
  • 傾聴技法の習得
  • ストレスマネジメントとコーピングスキル
  • アサーション等のコミュニケーションスキル

ある企業では、管理職向けに「不調者の早期発見・早期対応」をテーマとした研修を実施し、職場内でのメンタルヘルス不調の早期発見率が向上し、病気休職の減少につながったという成功事例もあります。

情報発信とコミュニケーション促進

社内報や社内SNSを活用して、メンタルヘルスに関する情報を定期的に発信することも効果的です。管理職だけでなく、職場全体で自身のメンタルヘルスに関するリテラシーを高めましょう。

まとめ:持続可能な組織運営のために

管理職のメンタルヘルス対策は、組織の持続可能な成長にとって不可欠な要素です。横のつながりの強化、定期的な面談機会の確保、セルフケアの実践、そして会社としての組織的な取り組みを通じて、管理職が健康的に働ける環境を整備すること求められています。

メンタルヘルス対策は、一次予防(不調を未然に防ぐこと)が何よりも重要です。企業も、管理職の心の健康が組織の生産性向上とエンゲージメント向上につながることを理解し、積極的な支援に努めることで、より強固で健全な組織運営を実現できるでしょう。

管理職の皆さんも、自身のメンタルヘルスを軽視せず、適切なセルフケアと周囲との連携を通じて、持続可能なリーダーシップを発揮していきましょう。