宮崎産業経営大学で起きた衝撃的なニュースをご存知でしょうか。職場結婚をした40代男性教授と30代女性助教に対し、大学側が「夫婦共稼ぎはご遠慮いただく不文律がある」という理由で女性助教に雇い止めを通告し、訴訟に発展しました。

職場結婚の場合、女性側が退職するという不文律は、1970年代までは広く見られましたが、もうすっかり過去のことになったと思っていたので、このニュースを見て驚きました。同様の感想を抱いた方も多かったのではないでしょうか。

より詳細な続報では、原告の夫婦は当初は大学側と争う意思はなく、ペーパー離婚までして処分を回避しようとしたのに、懲戒、降格、配置転換の処分がくだされたということで、空いた口が塞がらないという感じです。県内で唯一法学部がある大学ということですが、少なくとも労働法の専門家や弁護士に相談していないことは明白ですね。

21世紀になってからすでに四半世紀。こんな前世紀の遺物のような雇用管理があることは驚きですが、実は多くの一般企業にも、このような「意味不明な慣習」や「謎ルール」は依然として存在しています。本稿ではこの問題について、従業員の皆さんへの対応法と企業側への提言をお伝えします。

職場の「謎ルール」の実態

「なぜそんなルールがあるの?」と首をかしげるような職場慣習に悩まされている人は、現代でも多数います。

例えば、上司より先に帰宅できないという慣習。このために、仕事はすでに終わっているのに、帰ることができず仕事をするふりをしている…という無駄な時間を過ごす人もいます。女性社員だけが来客へのお茶出しを強いられるケースや、有給休暇を取得するとき、会社の「許可」が必要とされるケースも後を絶ちません。

「営業職は残業代が出ない」としている会社もいまだにありますが、これは明らかな労働基準法違反です。実際に残業しているのにその分の賃金と割増が支払われてないとしたら、労働基準監督署に相談すべきところです。

また別の企業では、「長時間労働は美徳」という風潮が根強く、早く仕事を終えて帰る社員が「チームへの貢献度が低い」と評価されていたのです。

これらの慣習の多くは、法的根拠がなく、単に「昔からそうだった」という理由で続いているケースがほとんどです。中には、明らかな差別や法令違反に該当するものもあります。

従業員はどう対応すべきか

このような不合理な慣習に直面したとき、従業員の皆さんはどう行動すべきでしょうか。

まず大切なのは、その「謎ルール」が法的に問題ないのかを確認することです。

例えば、男女雇用機会均等法では性別による差別的取扱いを禁止しており、「女性だけ来客にお茶出し」といった慣行は違法となる可能性があります。また、労働基準法では残業代の支払いや有給休暇の取得などについて明確な規定があります。

次に重要なのは、同僚や上司との対話です。「なぜそのルールがあるのか」「どのような目的があるのか」を丁寧に尋ねてみましょう。単なる思い込みや、古い慣習が無意識に続いているだけというケースもあります。ときには、会社としても非効率な「謎ルール」に気づいてはいても、「だれも文句を言わないから」という後ろ向きな理由で放置していたものが、「なぜですか?」という素朴な問いかけをきっかけに、見直されるかもしれません。

また、社内の相談窓口や労働組合を活用するのも一つの方法です。一人で立ち向かうのは心理的負担が大きいものです。組織内の適切なルートを通じて問題提起することで、個人への反発やリスクを軽減できる場合があります。

どうしても社内で解決できない場合は、労働基準監督署や都道府県の労働局、専門家への相談も検討しましょう。冒頭の大学教員のケースのように、法的手段に訴えることが最後の選択肢となることもあります。

企業側が取り組むべき改革

一方、企業側はどのような姿勢で臨むべきでしょうか。

まず重要なのは、既存の慣習や社内ルールを定期的に見直す機会を設けることです。「なぜこのルールがあるのか」「現在の社会情勢や法令に照らして適切か」を検証する必要があります。筆者は残業削減のご相談も多く受けていますが、「業務の棚卸しをする」という最初の段階で、なんのためにやっているのかわからないチェックリスト等の「謎ルール」が発見され、それを改めることによって非効率なプロセスを改善した例があります。

ハラスメント防止研修を行うと、「これまで当たり前だと思っていたことが実は問題だったのか」と気づかれる管理職が多くいらっしゃいます。このように外部の専門家の話を聞くことも、ひとつのきっかけになります。

職場の不合理な慣習を変えるためには、企業文化そのものの変革が必要です。この点で、管理職の役割は極めて重要です。トップダウンで「働き方改革」を掲げても、現場の管理職が旧態依然とした価値観を持っていては、真の変革は難しいでしょう。

筆者がハラスメント防止研修で特に強調するのは、「心理的安全性」の確保です。従業員が「おかしい」と思ったことを自由に発言できる環境があれば、不合理な慣習は自然と淘汰されていきます。定期的な「心理的安全性サーベイ」を実施し、結果に基づいて管理職への研修を行うことで、組織風土の改善を目指すという方法もあります。

また、多様な視点を取り入れることも重要です。性別や年齢、国籍などが異なる多様な人材が意思決定に参加することで、「当たり前」とされてきた慣習に疑問を投げかけるきっかけになります。

法令遵守と人権尊重の徹底を

冒頭の大学の事例のように、時に不合理な慣習は明らかな法令違反や人権侵害に発展することがあります。企業側は常に最新の法令や判例に注意を払い、コンプライアンス体制を整備する必要があります。

特に近年は「ビジネスと人権」という観点が重視されており、企業活動における人権尊重の責任が問われています。単なる法令遵守にとどまらず、すべての従業員の尊厳と権利を尊重する企業文化の構築が求められているのです。

筆者の経験では、法令違反を指摘されて初めて改善に取り組む「後追い型」の企業よりも、積極的に法令や社会規範の変化を先取りして制度を見直す「先進型」の企業の方が、長期的には従業員の満足度も高く、業績も安定しています。

まずは周囲との対話から

職場の不合理な慣習を変えていくためには、企業側の取り組みだけでなく、私たち一人ひとりの意識改革も必要です。「おかしいと思ったら声を上げる」「前例踏襲ではなく目的から考える」という姿勢が、少しずつ職場環境を変えていくのではないでしょうか。

冒頭の大学教員のケースは、不当な扱いに対して勇気を持って立ち上がった一例です。すべての場合に訴訟が最良の解決策とは限りませんが、不合理なルールに対して「なぜ?」と問い続けることの重要性を教えてくれています。

職場の慣習は一朝一夕に変わるものではありませんが、変化への小さな一歩を踏み出すことで、より働きやすい環境が実現できるはずです。皆さんの職場にも「なぜそんなルールがあるの?」と思うことはありませんか。もしあれば、まずは周囲と対話してみることから始めてはいかがでしょうか。