
IT業界では、慢性的なエンジニア不足を背景に、「業務委託」「フリーランス募集」といった形で人材を確保する動きが一段と強まっています。その一部が実態としては雇用に近い働かせ方になっており、いわゆる偽装請負・偽装フリーランスとして問題視されるケースも少なくありません。
本稿では、IT企業の人事・労務を支援する社労士の視点から、若手エンジニアを「安く・柔軟に動かせる人材」として扱う発想が、結果として採用力や育成力を損ない、会社の将来を細らせてしまうリスクについて考えていきます。
「業務委託の方が安い」という感覚の裏にあるもの
IT人材不足の中で、正社員採用が難しくなり、「とりあえずフリーランスを業務委託で」という判断をする企業は少なくありません。その際、「正社員を1人抱えるより、業務委託の方がコストをコントロールしやすい」という感覚が先に立ちがちです。
正社員を一人雇用する場合、企業が負担するのは額面の給与だけではありません。健康保険・厚生年金保険の事業主負担分、雇用保険、労災保険、有給休暇の付与、場合によっては退職金積立や法定外福利厚生などが加わり、総人件費は額面給与の1.3〜1.5倍程度になることも珍しくありません。例えば、月給30万円のエンジニアであれば、企業側の実質負担は月40〜45万円前後になっているイメージです。
これに対して業務委託の場合、表面上の支出は「報酬額=月40万円」のように見えます。企業側から見ると、「正社員30万円より、月40万円の業務委託の方が割高だが、社会保険料や残業代を含めた総人件費よりは抑えられている」と感じるかもしれません。
しかし、その差額分は、国民健康保険・国民年金、病気やケガのリスク、失業リスクといった形でフリーランス側に丸ごと転嫁されています。短期的にはコストが抑えられているように見えても、それは「本来企業が負うべきリスクとコストを、若手エンジニアの将来に先送りしている状態」とも言えます。
その構造が見抜かれたとき、企業は「安く使う会社」として市場で認識され、優秀層から選ばれにくくなるリスクを抱えることになります。
偽装請負は「コンプラ問題」だけでなく「人材育成のブレーキ」
IT業界では、多重下請け構造の中で、名目上は業務委託・準委任であるにもかかわらず、実態は派遣・雇用と変わらない働かせ方になっているケースが指摘されています。客先常駐で、勤務時間や場所が厳格に決められ、日々のタスクや作業手順について発注先社員が詳細に指示する、といった場面です。
こうした偽装請負は、もちろん法的リスクという意味でも問題です。発覚した場合には、労働者派遣法や職業安定法違反として行政指導や業務停止命令の対象となり得ますし、労働契約申込みみなし制度が発動すれば、予期せぬ人員を直接雇用せざるを得ない事態も起こり得ます。
しかし、ここで強調したいのは、「偽装請負はコンプライアンス問題であると同時に、人材育成のブレーキでもある」という点です。
多重下請け構造の末端で、常に「人月」として扱われるエンジニアは、プロジェクトの全体像に触れる機会が少なくなり、要件定義や設計、顧客折衝といった上流工程を経験しにくくなります。結果として、スキルは部分最適なまま頭打ちとなり、「現場を渡り歩ける中堅」ではなく「替えのきく人月要員」としてしか評価されないキャリアになってしまいます。
企業側から見れば、それは「せっかく関わった若手を、長期的な戦力として育て切れていない」ということでもあります。安価な人月要員を次々と入れ替えるモデルは、短期的には案件を回せても、中長期的には自社内やパートナー企業内にノウハウが蓄積されず、技術的な蓄積やプロジェクト品質の面でも不利になっていきます。
「そういう人材の集め方」では、もう戦えない
「とはいえ、現場ではそんな綺麗ごとは言っていられない」という声も、現実として理解できます。しかし、IT人材の獲得競争が激しくなる中で、「安く・柔軟に使える人月」を前提に人材戦略を立てること自体が、すでに時代遅れになりつつあるのもまた事実です。
多くの調査で、IT人材、とくに若手〜中堅層は、「報酬」だけでなく、「どの技術領域を経験できるか」「どのフェーズを任せてもらえるか」「どれだけ学べる環境か」を重視して転職先・参画先を選んでいるとされています。若いエンジニアにとって重要なのは、「2〜3年後の自分の市場価値」であり、「今月の単価」だけではありません。
そこを理解せず、「単価はそこそこ、でもひたすら人月要員として現場に送り込む」というモデルを続ける企業は、いずれ「成長志向の人材」からは選ばれなくなっていきます。
逆に言えば、「短期コストだけでなく、エンジニアの学習機会やキャリアパスを一緒に設計できる企業」は、それだけで採用競争力を持ち得るということです。
受託開発や自社サービスを組み合わせながら、若手に設計や要件定義の経験を積ませる工夫をしている企業のケーススタディも増えており、「育成コストはかかるが、結果的に採用と定着の面でペイする」という認識も広がりつつあります。
「フリーランス活用」と「偽装フリーランス」は別物
ここまで書くと、「ではフリーランスを活用すること自体が悪いのか」という誤解を招きかねません。もちろん、そうではありません。特定の技術領域で高い専門性を持つフリーランスを活用することには、多くのメリットがあります。AIやセキュリティなど、自社だけではカバーしきれない領域に外部の知見を取り込むことは、むしろ推奨されるべきでしょう。
問題なのは、「本来は雇用や派遣で受け入れるべき若手・中堅を、コストや柔軟性を理由に業務委託名目で使っている」ケースです。フリーランスとして独立する人は、本来、自分で顧客や案件を選び、複数の取引先と関係を築きながらリスクをコントロールしていきます。
偽装フリーランス的な構造では、特定の企業や系列からの仕事に実質的に依存し、雇用に近い拘束を受けながら、保証だけは切り捨てられている、という状態になりがちです。
ここを整理しておくことは、企業にとっても重要です。「専門性の高い外部プロ人材を、プロジェクトベースで公平な条件で迎える」のと、「若手を低コストの“なんちゃってフリーランス”として囲い込む」のとでは、使う言葉は似ていても、企業の姿勢も将来性もまったく違うものとして見られます。
IT企業として持続性を高めるためにできること
では、IT企業として、どのような点を見直していけばよいのでしょうか。
まず、自社が「人月ビジネス」にどれだけ依存しているのかを、客観的に棚卸ししてみることです。
多重下請け構造の末端で、単価競争にさらされている比率が高いほど、若手を育てる余裕が失われ、「育てても抜けていく」悪循環に陥りやすくなります。
可能な範囲からでも、上流工程や受託開発、自社サービスといった、ノウハウの蓄積につながる領域の比率を高めていくことが、中長期的な持続性につながります。
次に、「若手エンジニアをどう育てるか」という視点を、ビジネスモデルの中に組み込むことです。単に案件にアサインするだけでなく、どのタイミングでどの工程を経験させるのか、どの技術スタックに触れさせるのか、といった設計を行うことで、「1人月いくら」の世界から一歩抜け出すことができます。
フリーランスや業務委託を活用する場合にも、「実態として派遣に近くなっていないか」「指揮命令や時間場所の拘束は適切か」「成果や専門性に見合った報酬水準になっているか」を、労務・法務の観点から定期的に点検することが求められます。
不安があれば、労働局の総合労働相談コーナーや、労働・ITに強い弁護士など外部の専門窓口に早めに相談し、グレーな運用を放置しないことが、結果的に企業を守ることにもつながります。
短期のコスト削減や柔軟性を優先するあまり、若い世代のキャリアと健康をすり減らすことは、結局は自社のブランドと採用力を損ない、技術力の土台を弱くしてしまいます。
若手エンジニアを「その場しのぎの人員」としてではなく、「将来の技術的な柱」として見る視点を持てるかどうかが、今後のIT企業の生き残りを左右していくはずです。






