いままでみなさんは、「権利を主張するのは、まず義務を果たしてから」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
学校の先生や上司から言われたことがあるかもしれませんね。

実は、これは法律論としては完全な間違いです。
もし、あなたがこれを信じていたとしたら、人前では言わないほうがいいですね。
「この人だいじょうぶかな?」と思われる可能性大です。

では、権利とは、なんでしょうか。
次のように説明されています。

一定の利益を請求し、主張し、享受することができる法律上正当に認められた力をいう。相手方に対して作為又は不作為を求めることができる権能であり、相手方はこれに対応する義務を負う。権利は法によって認められ、法によって制限される。

有斐閣 法律用語辞典 第4版(太字は引用者)

義務を果たしたことについての代価であるという説明はありませんね。
この法律用語辞典だけではなく、そんな説明は、どこにもないはずです。

では、義務とはなんでしょうか。
同じく法律用語辞典の説明を見てみましょう。

規範によって課せられる拘束又は負担のこと。規範としては、道徳、宗教、法律などがあり、これに対応する義務が区別される。法律上の概念としては、債権に対する債務というように、権利に対応するものとして捉えられ、また、義務違反に対しては強制が加えられる。

有斐閣 法律用語辞典 第4版(太字は引用者)

引用部分の太字を見てもらえればわかるように、権利と義務は一対の概念です。
「権利と義務は表裏一体」という言い方もよく出てきます。
このような内容への誤解が「権利を主張するのは義務を果たしてから」という俗説かもしれません。

表裏一体であるとしても、なぜ義務が先なのでしょうか。
別に権利が先であってもいいはずです。

たとえば、労働者には年次有給休暇を使用者に請求する権利があり、使用者は請求があれば有給を与える義務があります。
労働者がよく働こうと、怠けてばかりいようと、有給休暇を請求する権利には影響がありません。
影響があるとすれば、労働基準法で決められた要件(1.雇い入れの日から6か月経過していること、2.その期間の全労働日の8割以上出勤したこと)だけです。
権利と義務に先も後もありませんが、この場合は権利の行使が先で、それに対応して義務が果たされるという感じもします。

選挙権も法律上の権利ですね。
日本国籍を持っていて、18歳以上であるという要件をクリアすれば自動的に付与されます。
基本的には、上に書いた以外の条件はありません。
たとえば、その人が、社会を破壊するような危険な思想の持ち主だろうと、日本語の読み書きが不自由だろうと、それは関係ないのです。
ましてや、なんらかの義務を果たさないと選挙権が手に入らないということはありません。

そもそも、おぎゃあと生まれた瞬間に人権という権利を持っているのが人間です。
生まれたての赤ちゃんに義務もなにもないでしょう。

とくに法律知識はなくても、上のようなことを考えてみれば「権利を主張するのは義務を果たしてから」というのが間違いだというのは明らかですね。

では、なぜこのような明らかに間違った俗説を強固に信じている人が多いのでしょうか。

実は、この話を信じている人は、法律論をしているつもりはないのです。
そういう人たちが話しているのは「規範」についてです。
つまり「(この社会では、この会社では、この学校では等々)このようにするべきだ」という話ですね。

しかし、「権利の主張は義務を果たした後」という話が出てくるのは、相手がなんらかの権利を主張したときです。
年次有給休暇の申請をしたとき。
未払い残業手当の請求をしたとき。
そんなときが多いのではないでしょうか。

そして、相手が主張している権利は、法律上の根拠があるものですから、法律論ではなく、規範を持ち出してもまったく噛み合わないということになります。

また、この俗説を主に持ち出してくるのはいったいだれでしょうか。
最初に「上司や学校の先生」という例を出しましたが、相手よりも立場が上で、相手を服従させたいときによく出てくるのがこのセリフでしょう。
相手を黙らせ、法律上の権利を主張させたくないというのが主な動機です。

言いたいことは分からないではないですが、「権利の主張は義務を果たした後」を持ち出すと、無知な人と思われて終わりでしょう。
相手を黙らせたい、相手の主張を引っ込めさせたいという目的は果たされません。
相手は、その場では黙って受け入れるかもしれませんが、あとで「パワハラを受けた」と相談窓口に報告するのが関の山です。
ハラスメント相談窓口に行くのはまだいいほうで、「こんな上司がいる会社にいてもしょうがない」と、さっさと転職してしまうかもしれません。

このようなことを言う人達が言いたいのは、おそらくこういうことでしょう。
名演説を引用したほうがまだスマートかもしれませんね。

あなたの国があなたのため に何ができるかを問うのではなく、あなたがあなたの国のために何ができるのかを問うてほしい。

ケネディ大統領就任演説(1961)