社労士が顧客企業から相談される定番の内容として、「パート従業員が社会保険に加入したがらないが、どうしたらよいか」というものがあります。

この場合の「パート従業員」は、たいてい女性で、ほとんどの場合、夫の健康保険の被扶養者になっています。
その場合、国民年金の第3号被保険者でもあるわけですから、健康保険、年金ともに、保険料はタダです。
自分で健康保険料と厚生年金保険料を負担するのに抵抗があるんですね。
また、夫の会社から家族手当等が出ており、健康保険の被扶養者から外れると、この手当もなくなってしまう場合があります。

130万円の壁が106万円の壁に

以前「130万円の壁」と言われていたのは、被扶養者になれるかどうかの条件でしたが、パート労働者への社会保険の適用拡大により、自分の勤め先で社会保険に加入するかどうかの条件である「106万円の壁」のほうが、問題になってきました。

会社規模の条件(現状で従業員規模101人以上、2024年10月より51人以上)を満たす場合、それ以外の条件すべてにあてはまると、社会保険に強制的に加入することになります。

  • 週の所定労働時間が20時間以上であること
  • 雇用期間が2ヶ月以上見込まれること
  • 賃金の月額が88,000円以上であること(年収で約106万円)
  • 学生でないこと

夫の被扶養者になっていても、自分の勤め先の社会保険のほうが優先です。

あなたがこの条件にあてはまっていれば、すでに会社からこのあたりの説明は受けていることでしょう。

あなたが、社会保険の被保険者になれば、会社は、あなたと同じ金額の社会保険料を負担することになります。
以前は、会社の方も、社会保険料を負担したくないので、パート従業員の勤務時間は、正社員の勤務時間の3/4以内に抑えようとするのがふつうでした。
しかし、その場合は、週に30時間程度です。

いまでは、「週20時間は少なすぎる。社会保険料を負担してもかまわないので、もう少し長く働いてほしい」というのが本音で、従業員の方から、「社会保険に入りたくないので、勤務時間を調整します」と言われるのが、いちばん困るという状態になっています。

会社が困るだけではない20時間未満の弊害

もちろん、自分自身の働き方を決めるのは、あなたです。

そんなにあくせく長時間働きたくない。
家庭や自分の時間を優先にしたい。

社会保険に入りたくない理由が上のようなことなら、なにも言うことはありません。

でも、実際に多く言われるのは、下のような内容です。

わたしはもう子供を産む予定はないし、健康だから傷病手当金をもらうようなこともない。
いま現在、世帯収入が減ってしまっては困る。

確かに世帯収入が減るのは困りますよね。
夫の収入を主に、あなたの収入はそれを補完する程度でよいし、家事にもさしつかえないくらいの働き方がしたい。
そう考えるのはもっともかもしれません。

しかし、この考え方には、大きな穴が空いています。

あなた自身のキャリアはどうなるのでしょうか?

どんなに長年勤めても、週20時間未満の働き方では、責任のある立場になることは難しいし、昇給もあまり望めません。
「世帯収入」で考えるのは、いまだけを見れば現実的なのかもしれませんが、お子さんが手を離れ、介護の必要もなくなり、あなた自身が中高年になったときに、あなたの手に残っているものはなんでしょうか。

夫の収入だけをあてにしていては、離婚や死別等万一のときに困る、というのはよく言いますし、確かにそれも必要な考え方です。
しかし、「万一」がなくても、職業をもって働く以上、自分の収入、自分の働きがい、つまり、自分のキャリアを大切にすることも必要ではないでしょうか。

キャリアは長期的に考えるのが基本

社会保険に入らない週20時間未満の働き方を続けていると、目先の損はないかもしれません。
しかし、手取りの逆転現象が起きるのは、一時的なことで、基本的には、収入(働く時間)を増やせば、手取りも増えていきます。

働く時間を増やせば収入も増える、というだけではなく、この先、仕事で責任をもったり、仕事を通してスキルを身につけることにより、時間あたりの収入も増やしていくことができます。

お子さんがいる方であれば、高卒と大卒の生涯収入には大きな開きがあり、大学の学費とその間の生活費を出しても、じゅうぶんお釣りが来ることはご存知でしょう。
高校卒業後の4年間について、4年間だけの収支を考えれば、大学に行くより高卒で働いたほうが当然得です。
しかし、その後の長い一生への影響を考えて、大学進学を決める家庭が多いのではないでしょうか。

これが、キャリアについての考え方です。

お子さんのキャリアについては、そのように長期間をすんなり考えられる人たちが、自分のキャリアについては、数年間という短い期間しか考えようとしないのは、見ていて実にもどかしい思いがします。

会社が「もっと働いてほしい」というのは、あなたに能力があるからで、あなたが会社にとって大切な人だからです。

この点を考えに入れ、今後一生続くあなた自身のキャリアを考えた上で、社会保険に加入するような働き方をするのかどうかを、もう一度考慮してみてはいかがでしょうか。