アニメ『アルプスの少女 ハイジ』に、フランクフルトに連れて行かれたハイジが、山恋しさのあまり、夢遊病になってしまい、幽霊と間違えられて大騒ぎになる、というくだりがある。
こどもの頃、祖母といっしょにテレビを見ていて、その話で祖母が大泣きに泣いているのを見て、そりゃあかわいそうではあるけど、そこまでか? と不思議に思ったことがある。
わたしの祖母は、10代のはじめに日本にやってきた。幼いころに母親を亡くし、父親は仕事で留守がちだったので、祖父や叔父夫婦に面倒を見てもらっていたのだが、その叔父が日本に来ることになり、連れられて来たのだ。貧しい暮らしの中で、日本語を覚えるとまもなく、子守奉公に出されたという。12,3歳の少女が慣れない異国の地で、肉親からも離れて知らない人の中で暮らしたのである。どれほどホームシックにさいなまれたことだろう。
こどもの頃は、祖母の少女時代の境遇を知らなかったけれど、いまなら、ハイジに感情移入して泣けてしかたがなかったというのも、よくわかる。
高校生のころ。ボーイフレンドと映画に出かけるというとき、大騒ぎして洋服を選び、髪をブローして出かけようとしていると、祖母がしみじみと「おまえはいいねぇ。男友達と遊びに行けて」と言った。
祖母の子守奉公の次の仕事は、紡績工場の女工だった。そこも住み込みの仕事で、父親は給料が出るときだけ会いに来るという調子だったらしい。
あるとき、同僚の女の子が機械に長いお下げ髪を巻き込まれてケガをするという事故があり、また事故が起こるのを恐れた工場主が、働いていた女の子たち全員の髪を切ってしまうということがあった。その数日後に父親が会いに来て、言った言葉が、「おまえ、その髪の毛はどうしたらいいんだ。あした嫁に行くというのに」。本人の知らぬ間に縁談をまとめて来ていたのである。祖母はまだ15歳だった。
父親のいうことは絶対で、逆らうことなど思いもよらない。一晩泣き明かして、翌日嫁ぎ先の海辺の町にむけて、初めて乗る自動車ではるばると旅した。車酔いでひどいめにあったそうだ。そして、結婚式のときに、初めて夫となる人の顔を見たのである。ぜんぜん好みじゃなくてがっかりした、と言っていた。でも、当然ながら、祖母の気持ちや、男性の好みなどだれも気にしてくれなかった。その夫、つまり、わたしの祖父とは、今年の3月に祖父が亡くなるまで、70年にわたって添い遂げることになるんだけど。
4人の子供を産み、孫が高校生になってもまだ、祖母の胸には、好きな男の子と遊びに行く、ということへのあこがれがあったのだろう。言われたそのときは、あまりぴんと来なかったのだが、いまだに覚えているところを見ると、苦労なんてかけらもなく、わがままいっぱいに育った高校生にも、50年前の少女の気持ちが、少しは伝わっていたのかも知れない。