「課長にパワハラされているのでなんとかしてほしい。でも、わたしが会社に相談したことを課長に知られたくない!」

ハラスメント事案が起こった場合、会社に被害を相談した方がこのように主張することは珍しくありません。調査の第一の難問がこれです。

相手はたいてい職場の上司や先輩で、毎日顔を合わせて仕事をしています。ハラスメント相談をし、調査が始まると「あいつのせいで加害者扱いされた」「あいつのせいで懲戒された」ということで、報復されるのを恐れるからですね。

いままで関わったケースの複数で「住所を知られているから、家に押しかけてこられるんじゃないか」と相談者が怯えていた、ということがありました。相手はヤクザでもなんでもなく、ふつうのビジネスパーソンです。第三者からすると、それはなんぼなんでもないんじゃないの? と思うのですが、そういう判断ができなくなるくらい、恐怖を感じているわけです。

会社としては相談してくれた人を保護するためには匿名にしておきたいのですが、そうなると行為者に対する調査ができません。行為者には「○月○日ごろ、部下の○○さんにこういうことを言いましたか?」と事実を確認します。これを聞いたら、行為者は相談したのは○○さんだ、とわかってしまいます。被害を受けた本人ではなく同僚が相談することもありますが、行為者はなぜかそれはあまり考えず、「○○さん」が会社に通報した、と思い込むものです。

では、「だれから相談があったかは言えないが、あなたがパワハラしているという相談があったので、今後は気をつけてほしい」と、行為者に注意したらどうでしょうか。

これでは、注意された方もいったいなにに気をつければよいのかわかりません。パワハラ行為は、行為者がまったく自覚がないこともよくあります。そうなると、萎縮して部下を注意できなくなるということになりがちで、上司として部下指導ができない状態になってしまいます。

注意をするときには「相談した人を特定しようとしないように」という注意もします。しかし、心のなかで「この人だろうか? あの人だろうか?」と思うのは止められないので、注意された人は、「すべての部下が自分を陥れようとしている」という被害感情と疑心暗鬼にとらわれてしまいます。こうなると、行為者の側がメンタル不調になっても不思議ではありません。

このような事態を防ぐためには、やはり相談した人に、名前を出して調査することについて同意するよう、説得するしかありません。

説得といっても、あまりにしつこかったり、威圧的だと、強要になってしまいます。そうならないためには、相談した人が恐れていることが起こらないように、会社が最大限の対策をとる、ということを具体的に説明する必要があります。

具体的には次のような対策をとります。

  • 行為者と相談した人が、接触しないようにする。そのために、指揮系統を変更したり、どちらかを一時的に配置転換したり、行為者を自宅待機にすることも検討する。
  • 行為者には相談した人への報復をしてはならないことを厳命し、守れない場合は懲戒処分の対象になることもあると説明する。[1]懲戒については、就業規則に該当する条文がある場合。次項も同様。
  • 行為者が、相談した人以外の社内の第三者に、この件を伝えることを禁止する。とくに相談した人に対して誹謗中傷したことがわかったら、これも懲戒対象になる可能性があると説明する。

行為者の行動を会社がすべてコントロールすることはできないので、相談した人に危害を加えることはない、と保証はできないのですが、少なくとも会社としてできることはすべてやる、と約束します。実際いままでの経験では、このような対策で、相談者への報復は回避できます。

相談した人が名前を出してほしくないと言っているから調査できない、と言っている間にも、ハラスメント行為は続いています。せっかく会社に相談したのに、なにもできない状態で傍観している間に、被害者が心身の健康を損ねてしまうかもしれません。

比較的深刻ではない事案で、被害者が元気に働いていれば、一般的なハラスメント防止研修等をして、様子を見ることもよいのですが、深刻な事案ではスピードが勝負です。会社として必要な対策を見誤らないようにしましょう。

Footnotes

1 懲戒については、就業規則に該当する条文がある場合。次項も同様。