年金機構の「お知らせ」(リンク切れ)の中には、「今般、偽名の健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届による健康保険被保険者証を交付していた事案が判明しました」とある。
いったいなんのことだろうと思って、ざっと検索したところでは、今年1月に、元オウム真理教幹部といっしょに逃亡生活をしていた女性が、偽名で保険証を取得していた、という記事しか見当たらなかった。
企業などが新たに従業員を雇い、健康保険と厚生年金保険に加入させる際、企業側は『被保険者資格取得届』という文書に記入し、年金事務所に申請する。(中略)意外なことに、この際、年金事務所から本人確認の証明は求められないのである。(中略)つまり、事業主が本人確認を怠れば、偽名での申請が通ってしまうということになる。
(NEWSポストセブン|元オウム斎藤容疑者 偽名で保険証取れた年金事務所のザル審査 より引用)
「ザル審査」とか、悪意たっぷりの記事であるが、書いてあることはこのとおり。
オウム真理教の元幹部逮捕という重大事案だったので、週刊誌にもこのようにとりあげられたわけであるが、実は基礎年金番号が導入されるまでは、「偽名」で保険証を取得することは、いまよりずっと簡単だった。引用した記事のように、会社の側が入社するときに住民票などの証明書を求めず、履歴書に記載したまま健康保険・厚生年金の取得届を書けば、それで通ってしまったからである。
当時でも、厚生年金の番号は、最初に出されたものを一生涯使うという建前にはなっていたが、実際は転職した際に年金手帳をなくして持っていなかったりすれば、そのまま新規取得扱いで、新しい番号がふりだされることが多かった。基礎年金番号が導入された当時は、厚生年金番号や国民年金番号を複数持っている人は統合する必要があったので、「年金手帳を全部持ってきてください」というと、5冊も6冊も出てくることも珍しくなかった。10数年前から社労士や総務をやっていた人ならだれでも知っていることである。
家出してきたり、いろいろ事情があって本名を明かさずに働きたいという場合がある。温泉旅館やパチンコ店など、むかしは住込みで保証人もとらずに雇っているところが多く、そういう「ワケアリ」の人たちの隠れ場所にもなっていて、上記のように偽名で社会保険に加入することもできた。(偽名で厚生年金に加入していると、老齢年金を受取るとき、その部分が本人であるという証明ができないので、掛けた保険料がパーになったり、年金受給資格の年数が満たせなくなることがあるので、身に覚えのある人はご注意を。)
基礎年金番号導入後は、さすがにそれほど簡単ではなくなったが、今回の事件のように住民票をとらなければ、こういうこともままあるわけである。
犯罪者の逃亡を助けたいのか、と言われそうであるが、社会には、こういう「ワケアリ」の人たちが、隠れてひっそり生きられる場所があってもいいのではないか、と個人的には思う。本名や、いままでの生きてきた場所とのつながりを断って生きることがあまりに難しいと、かえって追い詰められて、重大な犯罪や自殺につながることもあるかもしれない。
DV被害者などは公的な扶助もあるが、犯罪ではないにしろ、家出だったり、身勝手な理由で逃げている人は、そういうところにも行きにくいだろう。
今回の年金事務所の通知に問題があるということではないし、これから「本人確認」がゆるくなるということはありえないとも思うが、車のハンドルに「遊び」が必要なように、社会にそういう少しゆるい部分がどんどん失われていくというのも、生きづらくなるひとつの理由かもなぁ、と思う。