31年前のちょうどいまごろ。地元の公立小学校の入学式のあと、母は校長室に呼ばれ、新一年生のわたしは廊下でひとり待たされた。
在日の子どもは、当然に日本の小学校に入学するわけじゃなくて、事前に役所に申し出ておく必要がある。民族学校に行く子もいるし、そもそも日本国民じゃないんだから、日本の学校教育を受ける義務はない。国民じゃないにしろ、自治体の住民には違いないんだから、教育を受ける権利はあるのかな? 実際には、むかしも今も日本の公立学校は外国人の子どもも、受け入れているけど。
それはともかく。入学式の日時などがわかっていたのだから、日本の小学校に入学する意志は示していたのだと思うが、手続きが完了していなかったらしい。母が校長室に呼ばれたのは、その手続きのためだった。
そのときのわたしはそんな事情を知る由もなく、「待ってなさい」といわれたので、ただ待っていたのだと思う。別にさびしいとも悲しいとも不安だとも思っていなかった。
だが、はたからはそうは見えなかったようで、ひとりの男の先生が近寄ってくると、「なにも心配することはないよ」などと慰めながら、抱き上げてくれた。泣き出すといけないと思ったらしい。
6歳にもなると、だっこされることなどまずない。先生だということはわかっていたが、知らないおじさんに抱き上げられて驚いたので、そのことはよく覚えている。
歩くと廊下がぎしぎしなる、木造のオンボロ校舎だった。翌年にはその校舎は取り壊され、立て替えられたので、今はもうない。